現代版:知財年表
知的財産制度に関する国際的潮流は、知的財産権の保護強化である。
そのきっかけとなったのは、1980年代に入ってからの米国の「プロパテント政策」である。かねてから自国の産業競争力の低下に対して危機感を抱いていた米国は、「ヤングレポート」が公表された1985年を機に、 国内産業の競争力強化の観点から、知的財産保護の範囲拡大や権利保護の強化、さらには通商政策への反映など、 特許権などの知的財産権の保護強化を図るための施策を次々に打ち出したのである。
米国が1986年に、知的財産権をGATT(関税と貿易に関する一般協定)の ウルグアイ・ラウンドの交渉の場に持ち込んだのは、このプロ・パテント政策の一環である。
引用:ダイヤモンド社 「知的財産権早わかり」
- 01).1954年、特許の国際分類に関する欧州条約(英語版)が結ばれた
- ・ヨーロッパの各国で国際分類が使われた。
- ・ヨーロッパの国際分類は、ドイツ特許分類を基礎とした。
- 02).1964年、日本特許庁は、庁内の出願事務の機械化を開始する
- (*)東京オリンピックが開催された
- (*)この辺りから、日本は「高度経済成長期」が始まったと言われている
- 03).1968年、第1版:国際特許分類(IPC)が作成される
- 04).1970年、世界知的所有権機関(WIPO)が設立される
- 05).1970年、日本特許庁は、国際特許分類と日本分類を併用して付与する
- (*)日本万国博覧会が、大阪府吹田市「千里丘陵で」開催された
- 06).1970年、特許公開制度を含む特許法の一部改正が国会において可決成立
- ・膨大な特許情報をコンピュータの利用により迅速に処理をし、提供する為の機関を設立する必要性が全会一致で決議される。
- 07).1971年、国際特許分類のストラスブール協定が締結
- ・ヨーロッパの国際分類は、欧州に限定されない世界的な分類へと発展した。
- 08).1971年、民間の財政協力で、財団法人日本特許情報センター(JAPATIIC)を設立する
- ・「特許・実用新案」の書誌事項及び「特許・実用新案」の技術内容に関する「情報提供サービス」を開始する。
- ・社団法人発明協会との協力の下に特許情報を纏めた和文抄録等を発行する。
- ・国際特許情報センター(INPADOC)との特許データ交換事業も実施する。
- (*)ドルショック(ニクソンショック):10%の輸入課税をする
- 09).1973年、欧州特許庁の設立を目的に「ミュンヘン外交会議」が開催される
- (*)第4次中東戦争を機にオイルショック(石油ショック)が起こる
- 10).1974年、国際特許分類 第2版発行
- ・国際特許分類は、第3版以降(1980年)、5年毎に改定される
- 11).1975年、世界知的所有権機関(WIPO)に加盟する
- 12).1977年、欧州特許庁が発足する
- 13).1978年、日本最初の特許情報オンライン検索システム「PATOLIS]を開発
- ・特許庁の特許情報の提供をうけてJAPATICがサービスを開始する。
- 14).1979年、米国は、アンチパテント政策からプロパテント政策への転換を進める
- (*)イラン革命を機に第2次オイルショックが起こる
- 15).1980年、特許庁は、国際特許分類へ完全移行する。
- ・日本分類(JPC)との併用は中止する
- 16).1984年、日本特許庁がペーパレス計画を開始
- 17).1985年、米国は、プラザ合意によって米ドル安へ誘導
- 18).1985年、米国は、自国製造業の競争力低下を問題視
- ・「ヤングレポート」が「知財政策」に反映され強固なプロパテント政策へ施行。
- 19).1985年、財団法人日本特許情報機構(JAPIO)が設立される
- ・特許情報事業を一元化すべきとの通産省・特許庁の指導によるもの。
- ・日本特許情報センターと発明協会の特許情報サービス部門を統合する。
- 20).1985年、中華人民共和国専利法が施行
- ・1984年にパリ条約へ加入、1993年にPCT条約へ加入する。
- 21).1986年、日本経済は、バブル期へ突入
- 22).1988年、米国は、スーパー301条の導入によって貿易不均衡を是正
- (*)米国は、スーパー301条の導入によって貿易不均衡を是正
- 23).1990年、日本特許庁は特許・実用新案の電子出願での受付を開始
- 24).1991年、日本経済は、バブル崩壊へ突入
- 25).1993年、特許庁は1月よりCD-ROM公報の発行を開始する
- 26).1996年、CD-ROM公報を利用した民間事業者によるサービスが登場
- 27).1997年、日本特許庁は日本特許の英文抄録(PAJ)のインターネットサービスを試行
- 28).1998年、日本特許庁はホームページ上で検索サービスを開始する
- ・公開特許公報のフロントページ&PAJ抄録
- ・CD-ROM公報をマージナルコストで提供
- 29).1998年、「知的創造サイクル」:大学等技術移転(TLO)促進法を制定
- 30).1999年、日本特許庁は特許電子図書館(IPDL)を開設する
- ・特許庁保有のデータを整理標準化してマージナルコストで提供
- 31).2001年、株式会社パトリスがスタートする
- ・PATOLISを中心にJAPIOの業務を民営化する
- (*)パテントトロールの存在が顕在化してきた。
- (*)米国のフオージエント社がIPEG特許で日本企業を巻き込んだ(ソニー・三洋電機)
- 32).2002年、日本政府は、「知財立国日本」を宣言
- ・翌年、内閣に「知的財産戦略本部」を設置する
- 33).2008年、知的財産管理技能検定が国家試験としてスタート
- ・知的財産教育協会が2004年より実施してきた「知的財産検定」が、2008年7月より完全に移行したものが本検定であり、引き続き知的財産教育協会が指定試験機関となっている。
- 34).2009年、株式会社パトリスは、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請
- 35).2022年、特許法等の一部を改正する
- ・令和3年3月2日に閣議決定された、「特許法等の一部を改正する法律案」は令和3年5月14日に可決・成立し、5月21日に公布された。