日本人はドライ技術を使うのが苦手?

国土が広く、人種の坩堝であるアメリカが、そのデメリットを「IT技術」で「あっと」いう間に克服してしまった。ということは日本が持っていたメリットがメリットではなくなった。日本の過去の発展は突き詰めれば、孤立した国土とその狭さ、及び均一な人種、つまりはウエットコミュニケーションがもたらしたものであった。

過去の成功体験に囚われた我々日本人は、そうした進歩だけに目を奪われ、情報やその処理技術を、肝心の「創造力を鍛え新しいものを生み出す」ために活用する努力を怠ってきた。それどころか、一つの情報それ自身が持つ価値にばかり注目し、その情報を「見つけ出す」ことを、創造力「生み出す」ことと「錯覚」さえしていたのでは?

確かに情報には、それ自体が「課題」として直接、役に立つものもある。しかし、そういった情報に「たまたま出会う」ことばかりを期待していてはならないのだ。いま我々が一つの課題を解決するために活用している「情報処理技術」を、創造力を鍛える、つまりインテリジエンス能力を鍛えるのにも活用することを真剣に考えねばならなかった時期であったのだ。