目次
第1章:第四次産業革命、さあ、どうする日本
- 第3次産業革命の前半期、日本は「黎明・成長期」であった
- 第3次産業革命の中半期、日本は「成熟・衰退期」であった
- 第3次産業革命の中期~後期:日本は「変革期」であった
- 第4次産業革命の時代、さあ、どうする日本、
第2章:もし自分が、知財の部長だったら、どうする?
(*) 下記、第3章、第4章、第5章の原稿は現在、執筆中で原稿が仕上がり次第アップします。大まかな内容は、↓
第3章:もし自分が、英語の教師だったら、どうする?
―受験の為だけの英語学習方法を変えたいー
中学英語の学習目的は、英語を介して「文化」と「言語」への興味を持たせ日本人としての自分を意識し、日本語力の向上に役立たせることだと思う。英語学習に膨大な時間を要し、多くの生徒が自分の持つ才能や能力を伸ばす機会から閉めだされているのはおかしい。美術や音楽と同じように学べると良い。日本人は何故、英語が苦手なのか。モノの観かたや考え方の違いから発して日本語と英語の言語構造が違いすぎることにある。彼らは何故、そのような言い方をするのかを先ず知るべきである。闇雲に日本語で処理するやり方だけを教えていたのでは英語嫌いになるのは当然かと思う。誰もが使える「AI翻訳」の進歩で英語の学習法は変われる。それには翻訳ソフトの支援が受けられやすい「やさしい日本語」を強く意識することだ。
第4章:さて、どうなる?「名こそ惜しけれ」日本の美
アングロ・サクソン系エリート達が持つ特徴の一つに人間の多様性への理解が薄いことがあるようだ。それは恐らく、自分達の優位性を意識するあまり、物事を「1か0」、「YesかNo」、 といった「2値」の概念を齎しているからであろう。この「1か0」の概念は「ディジタルdigital」の世界であり、自然科学に基づく工業技術が現文明のもと、凄まじい発展をもたらしたのは当然のことである。一方、日本には自然物も含めて他者と共に生きる「心」と「名こそ惜しけれ」という美学がある。すべての日本人が「1か0」の世界に飲み込まれることなく、日本の美学を見失うことなく「資本経済」一辺倒から「倫理経済」さらに地方創成のカギとなる「共生経済」への可能性も探りたい。