4、なぜ英語が、国際共通語として成り得たえたのか

―なぜ英語が、いまの位置を享受できるようになったのかー

英語は「物・事・考え」を分かり易く論理的に表現する、記述するのに適した言語である。英語は、構造的にしかりした言語で、学習しやすい言語である。英語は、普遍性を持った言語である。つまり、翻訳ソフト(AI翻訳)の支援が得られやすい言語である。では、なぜ英語が今の位置を享受できるようになったのか?

19世紀に始まった科学技術、工業化、システム化の文明時代は、論理的で分かり易く誤解を生まない言語が必要であった。そのニーズに適した言語が英語であった。20世紀は、英語を母語とする英国と米国が、圧倒的な政治、経済、軍事力の優越を維持し続けた世紀でもあった。

その結果「欧米式」のグローバル化が急速に進展した。グローバルなシステムを経営・運営するためには、そこで使われる言葉を、できるだけ一本化することが効率上必要であった。それが英語である。

その結果として、唯一の国際共通語としての英語の位置は、ますます強固になる一方である。しかし英語習得に於いて日本人は、世界の中で最も不利な条件下にある。我々日本人が、どれほど不利な戦いを強いられているかは考えるだけでも憂鬱になるが、しかし逃げるわけにはいかない。これは、グロ-バル化という共生と競争(戦い)だから、このツール(英語)の扱いが、できるだけ上手くなるように修得するしかない。

日本語は「感情」の表現には向いているが「論理的表現」には向いていないと言われている。問題がここにあり、それを解決するためには、このようにしなければならない、そのためにはこのような努力が必要である、等々を説得し理解を求めるためには論理的に筋道を立てなければならない。その論理的説明には言語という道具が必要となる。

西洋世界が長きに渡って世界をコントロールできた要因の一つに、この言語、つまり英語、欧州言語の存在を挙げることができる。

この論理的で構造的な言語を持っている強さでもって、西洋世界は自国内の経営だけでなく、植民地を経営する場合も、うまく収めてくることができた。植民地から独立した諸国が、今でも元の宗主国の言語を公用語としていることからも、その言語による浸透力が高かったことが分かる。

中でも英語が「ナンバーワン言語」の位置を占めることができたのは、言語そのものが他の欧州言語と比べて構造や時制や人称が「単純」であるということが、大いにその力となったと考えられる。

ともあれ自分たちの文化とは大きく異なる文化の下で、生きてきた世界の人々へ、こちらの考えを述べ、何とか合意を得ようとするならば、論理的に筋道立て、明快に表現するしかないことは明らかである。

欧米人の思考(物の考え方、見方)が言語を生み、新しい文化を作り出してきた。言語が先か、文化が先かは、定かではないが思考と言語は一致している。

ご承知のように英語は対立の図式で表せる文化の下にある言語である。英語で事実報告や考え方や分析された情報をやり取りする場合、この対立図式の基で、思考や分析、議論を行うことになる。世界の人々へ、世界の共通分野での「物・事・考え」を伝えようとするなら、論理的に筋道つけて説明しないと、理解を得られない。

米国は国が広く多民族の 集まりである。お互いがコミュニケーションをとるための言語として発達してきたのが 英語(米語)である。日本人からみれば味気も素っ気も無い単純明快な言語であるが、技術の説明には適している。技術はまさに文明である。技術の説明には文才は必要ない。あるがままの事象を明快に書くだけである。つまり「文明言語」で書けば済む。 できるだけ文化の色合いを消した日本語、これが「文明日本語」である。

PART-3でも述べるが、英語を学習するときに、なぜそのような表現方法をとるのか、なぜそのような言い方をするのか、を理解することが基本である。文化としての英語を学ぶなら、話は別である。しかし、文化に密着した言語が簡単に外国語として学習で きるわけがない。