6.世界で通用する、戦える、強い「特許明細書」を作ろう

―詰まるところ知財(IP)戦争とは言語の戦いである。―

私が、これまでお世話になった知財業界では“特許明細書で始まり、特許明細書で終わる”とも言われている。特許明細書とは、発明技術を(ノウハウ、システム、製品等)説明した文書(Docum ents)技術文書である。

日本では特許明細書と言われているが、英語では「特許仕様書(Patent Specification)」となっている。つまり背景(文化)の異なる人たちにも理解できるように分かりやすく明確に記述する義務と責任を負う極めて重要な書類である。

当たり前だが特許の権利は、言語で請求する(claim)必要がある。発明の現物を示しても誰も認めてくれない。世界の中で唯一の汎用言語は英語である。従って、世界の中で権利を主張するためには、否応なく、英語で行なうことが必要となる。そこでは、単に文法的に正しい英語で記述するということだけではなく、権利を獲得するために、英語のベースとなっている思考方式(ルール)の上で主張する必要がある。そのためには、先ず論理力(思考)を身につけ、記述する 訓練をする必要がある。

では日本で仕様書と呼び慣わされている「Specifications」の原義はナンだろうか。基本語辞典をみると次のように説明されている。

『specify(動詞); state exactly or in detail; 正確にあるいは詳細に述べること、とある。 specification(名詞); a detailed statement of what is wanted or required;望まれていること、あるいは要求されていることを詳細に述べること、とある。

specific(形容詞); definite, particular, precise;限定的な、特別な、精密な、というように極めてはっきりとした、他とまぎれないという意味で使われる ことがわかる』。(資料提供:篠原)

知的財産のグロ-バル化を唱えるならば「言語」と言う本質的な問題点を避けては通れない。しかし知財関係者の多くは、文書(ドキュメント)に対しての関心が薄いようだ。 しかし、日本人でも理解が難しい文章を他国語へ変換(翻訳)することが困難であることに気づいている知財関係者は、少数であるがいる。少数の「心」ある知財関係者は、この事実に対して危機感を抱いてはいることは確かである。 しかし業界の慣習に逆らってまで、社内で改善するには凄いエネルギーを要するので諦めているのが現状かと思う。

日本企業は製品に対する品質保証体制は最大の配慮をして確立してきた。しかし文書に対する品質保証体制は、いまだに確立されていない。中でも訴訟リスクの高い海外への文書に対する品質保証体制の確立を急がないと「知財立国日本」の実現は、絵に描いた餅に終わる。

余談になるが、2013年4月、(一般社団法人)発明推進協会様から、『このままでよいのか日本「特許明細書」』を出版させて頂いた。日本の「特許明細書」は、世界で戦える武器となるのであろうか、という素朴な疑問が出発点であった。

読者の反応は様々であった。特許は「言語のゲーム」と言われるように発明技術の全てを文章で説明するには限界がある、という意見を頂いた。どうやら特許は私ごときの素人が口出しできるような簡単な世界ではないらしい。 この書籍は安易な問題提起だけで具体的な解決策が示されておらず、日本の特許明細書を貶めるだけで、実際の仕事には全く役に立たない、という、きつい意見も頂いている。

一方、萎えた気持ちを奮い立たせてくれたご意見も頂いている。「世界で通用する特許明細書を作ろう」という啓蒙活動を諦めることなく続けていく勇気をもらった。

『44年間、特許明細書の作文し続けている「S」と申します。IPMAのサイトに掲載されている記事を時々拝見しております。多くの特許明細書が「なぜ難解なのか」という疑問です。ここに書かれていることは、私が考え続けてきたことと同じでした。私は駆け出しのころから、「読んだ人がスラスラと理解してくれる」ことを究極の目的とし、作文技術を勉強して試行錯誤を繰り返してきました。(中略)なかなか私の真似をしてくれる若い人はでてきません』。

この他にも励ましのご意見を頂いている。特許庁の方からも忌憚のない意見を頂いている。「IPMAで指摘されている通り、やはり、意味不明、曖昧文章で書かれた特許出願明細書を読み解く仕事は膨大な過酷な労力を要しており、悩ましい問題である、と」。

特許明細書は「技術文書と法律文書が入り混じった何やら難しく、特殊な文書である」という誤解があるようだ。特許明細書は、技術用語と法律用語を駆使した特殊で難しい書き物である、という誤解は今すぐに解くべきである。