4.情報の使い方は、生き抜くためにあり、今も昔も変わらない。

鎌倉の人々や幕末維新の頃の人々も、情報こそが自分の「生き死に」の糧だということは知っていたようだ。伝達手段が限られていたぶん、必死さは我々の比ではなかったのではないだろうか。 一方では「ガセネタ」に振り回されて、痛い目にあった人も多かっただろう。

しかし、現代に生きる我々が、同じ過ちを犯していないといえるかどうか。もしかすると、大量の情報に慣れ過ぎて、その中から生きる糧を見つける動物的なカンみたいなものは、古人より劣っているのではないだろうか。エリートと言われる人達も、近頃は 情報を選別するカンが摩滅してはいやしないか。利を求め過 ぎて、どこかあやふやな思い込みで情報に食らいついていないかと危惧する

1)、「徳政令」

新聞もテレビもない時代、人々は口伝えで情報を得ていた。 『徳政令』(岩波新書、笠松宏至著)という本に、鎌倉時代の永 仁5年(1297年)3月初めに立法された徳政令が、どれだけ の速さで諸国に伝わったかが出ている。御家人が一般の人に売っ た土地は無償で取り戻せる、というのが徳政令の中身だったから である。土地を買ったほうとすれば、大変な法律である。

2).「幕末維新の民主世界」

『幕末維新の民衆世界』(岩波新書、佐藤誠朗著)という本には、 異人の登場で主に商人たちがどんな動きをしたかが書かれている。 英語を学び始める者がいたり、絹の輸出に望みをかける者がいた り、牛肉を売りに横浜へ行く者がいたり、旺盛な活動をしている。 江戸と大阪で、ほとんど毎日、お互いの状況を知らせる早飛脚が 飛んでいる。それには京都の政治的な動きも記されているし、横浜のビジネスのことも的確に触れられている。

3).情報は必要とする人のところへ集まる

幕府や薩長土肥や朝廷が、開国か攘夷かでしのぎを削っている 時に、一般の人は盛んに伝聞や直接の情報を取り混ぜて、自分の 商売の先行きのために必死になって動いている。こういう乱世で は、情報を早く、正確につかんだ者が勝つわけで、人々は無意識 に諜報活動に血道をあげている。

ある商人などは、秋田にビジネスのタネを求めて行って、現地 の武士に道中の情勢などを訊ねられている。商人は、店は市中に あって一般に接し、取引先の中には大名もあるので、大小の情報 をつかむことができたようだ。大名に仕えるだけで、外を知らない武士より情報通だったような気がする。

  • ・情報は、収集するだけでなく、独自の視点で自分なりに加工してみる。
  • ・情報は、押し付けられるものではなく、使い手が決めることで個人差があって当然。
  • ・情報は、もともと無色、無臭である。
  • ・情報は、使う人次第で熱を帯び、色が付き、味が付き、匂いを立てやがて血が通う。
  • ・生きた情報は、人と人の対話から生まれる。
  • ・生きた情報は、現場にある。現場の視点から発想することが大事である。

ある人曰く、口は一つしか無いが目と耳は二つある。つまり余計なことは言わずに”倍、聞いて、倍、見なさい”ということらしい。生きて行くに必要な未来情報は、現場からしか生まれてこない。

◆「情報技術(Information Technology)とは

「情報技術(Information Technology)とは、コンピュータで、1.情報処理 2.情報発見 3.情報活用をするIT技術と定義されている(ウィキペディア)。

  • 1. 情報処理は、文字、画像、音声のデータ処理、ソフトウエアの開発、データベース 構築など,機械的処理が主である。
  • 2. 情報発見は、人工知能の支援を受けてデータを発掘する情報抽出の技術である。(*)ポイントは、道具を使いこなして知恵を加えて膨らませていくことである。
  • 3. 情報活用は、未開拓領域で新知識の「展開・構築」といった人間の「創造力・知力 知性」等即ちインテリジエンス力が勝負となる領域である。